ギリギリの判断

久々に東北の地に降り立ちました。こちらは、宮城県の山元町です。

お約束の時間より早めに着いたので、嵩上げされた防潮提の上に登ってみました。

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今回は、PTAで境小学校の先生方や教育委員会の方に

同行し、同町の中浜小学校の視察にやって来ました。

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山元町の教育長さんの案内で中を見せて頂きます。

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震災当日、右上の青いプレートのところまで津波が押し寄せたそうです。

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その高さは、ほぼ2階の天井です。

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そして、こちらの校舎は2階建てです。

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震災当日、10分後に10mの大津波が到達するとの警報があり、

校長先生は、高台の中学校までの避難は間に合わないと判断、

校舎2階、屋上への避難を決定し、こちらの屋根裏倉庫で児童、先生方、

保護者や地域の方々を含め90名が津波の被害から難を逃れたのだそうです。

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そして、非常用の毛布やブルーシートで寒さをしのぎ一夜を明かしたのだそうです。

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教育長さんのご説明によると...

第1波は、民家を土台ごと押し流し、第2破は1波の上に乗り上げる形で高さを増して校舎の押し寄せ、校舎東側の壁で水しぶきを上げ、2階天井まで達した。

さらに大きく校舎を飲み込むほどの高さの第3、4波が迫ってきたが、沖合で第1、2波の引き波とぶつかり、避難していた屋上に達することを辛うじて免れた。

とのことです。

まさにギリギリの判断であったと思います。

同行した先生方とも話しましたが、沢山の命を預かる場面で生死を分ける

ギリギリの判断...本当に難しいことですね。

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『桜の木と共に、1182人の想いでがいつまでも心に残り、

育ちますように願いを込めて...ありがとう 中浜小学校』

津波で壊滅的な被害を受け、閉校することとなった中浜小学校

の石碑にはそう書かれておりました。

 

 

 

 

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